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札幌高等裁判所 昭和53年(ネ)158号 判決

昭和五三年(ネ)第一五五号事件被控訴人、

同第一五八号事件控訴人

第一審原告

島田忠敬

昭和五三年(ネ)第一五五号事件控訴人、

同第一五八号事件被控訴人

第一審被告

菅原重夫

右訴訟代理人

西村洋

主文

一  原判決を次の通り変更する。

第一審被告は第一審原告に対し、金五二万二〇〇〇円及びこれに対する昭和五二年六月一二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

第一審原告のその余の請求を棄却する。

二  第一審被告の控訴を棄却する。

三  訴訟の総費用は第一、第二審を通じこれを五分し、その三を第一審原告の負担とし、その余を第一審被告の負担とする。

事実

一  申立

1  第一審原告

昭和五三年(ネ)第一五八号事件につき「原判決中第一審原告敗訴部分を取消す。第一審被告は第一審原告に対し更に金六六万四〇〇〇円及びこれに対する昭和五二年六月一二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、第二審とも第一審被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、昭和五三年(ネ)第一五五号事件につき「第一審被告の控訴を棄却する。控訴費用は第一審被告の負担とする。」との判決を求める。

2  第一審被告

昭和五三年(ネ)第一五五号事件につき「原判決中第一審被告敗訴部分を取消す。第一審原告の請求を棄却する。訴訟費用は第一、第二審とも第一審原告の負担とする。」との判決を求め、昭和五三年(ネ)第一五八号事件につき「第一審原告の控訴を棄却する」との判決を求める。

二  主張

1  請求原因

(一)  不法行為による損害賠償請求〈省略〉

(二)  不当利得の返還請求等

(1) 第一審被告は第一審原告に対し、本件建物部分の賃料支払を催告したうえで契約解除の意思表示をしたのち、昭和五一年六月五日、本件建物部分の明渡し及び昭和五〇年一二月一日から右明渡済みまで一か月三万二〇〇〇円の割合による賃料及び賃料相当損害金の支払を求め、札幌簡易裁判所に訴訟を提起(以下控訴を含めて別件訴訟という)、右事件については、第一審被告全部勝訴の判決があり、仮執行宣言が付された。

(2) 第一審原告は、右判決に対して控訴を提起したが、第一審被告は、昭和五二年三月五日、右仮執行宣言付判決に基づき、昭和五〇年一二月一日から昭和五二年二月末日までの債権額四八万円につき第一審原告の有体動産の差押をしたので、第一審原告は、同年三月七日、右四八万円及び執行費用一万円計四九万円を執行官に対し支払つた。

(3) 第一審被告は、昭和五二年五月二四日前記別件訴訟の控訴審の第二回口頭弁論期日において、前記請求の放棄をした。

(4) 第一審被告の右請求の放棄により、第一審原告は、第一審被告に対して昭和五〇年一二月一日以降の本件建物部分の賃料及び賃料相当損害金を支払うべき義務がなくなつたから、第一審原告が第一審被告に支払つた前記(2)の四八万円は、第一審被告から第一審原告に返還されるべきである。

(5) また、前記(3)で主張した別件訴訟における第一審被告の請求の放棄により、同事件の仮執行宣言付第一審判決は失効したから、同判決に基づき第一審原告が支払つた前記(2)の執行費用一万円は、仮執行により受けた第一審原告の損害であり、第一審被告はこれを賠償すべきである。

(三)  敷金の返還請求〈省略〉

(四)  よつて、第一審原告は第一審被告に対し、右合計一一五万四〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五二年六月一二日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。〈以下、事実欄省略〉

理由

一不法行為の主張について〈省略〉

二不当利得等の主張について

1  請求原因(二)(1)ないし(3)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

2(一)  第一審被告は、右別件訴訟における請求の放棄につき、第一審原告から、昭和五〇年一二月一日以降昭和五二年二月末日までの賃料及び賃料相当損害金四八万円の弁済を受け、かつ同年三月一日から同人が本件建物部分を明渡した同年五月七日までの賃料相当損害金の一部に同人が差入れていた敷金三万二〇〇〇円を充当し、残額の三万九二二四円につき請求の放棄をしたと主張する。しかしながら、成立に争いのない甲第八号証その他本件全証拠によつても、右第一審被告の主張するように残金三万九二二四円のみの請求を放棄したとの事実を認めることはできない。

(二) ところで、請求の放棄は、これを調書に記載したときは請求棄却の確定判決と同一の効力を有し(民事訴訟法二〇三条)、従つて当事者間において原告の主張する権利関係の不存在がこれにより形成されることになり、その範囲は請求の原因により判断されると解されるところ、別件訴訟において、第一審被告は第一審原告に対し、前記の通り昭和五〇年一二月一日から同人の本件建物明渡までの賃料又は賃料相当損害金月額三万二〇〇〇円宛を請求しており、その請求の全部を放棄したと認めるほかないのであるから、右請求の放棄により、右当事者間において、第一審被告の第一審原告に対する右の権利の不存在が形成されたことになるというべきである。そうすると、第一審被告が第一審原告から受領したことにつき争いない昭和五〇年一二月一日から昭和五二年二月末日までの本件建物部分の賃料又は賃料相当損害金四八万円は、第一審被告において受領しておくべき理由が存在しなくなつたというほかない。

(三)  なお、第一審被告は、第一審原告の不当利得返還請求権の行使は権利の濫用として許されないと主張するので判断するに、まず、私法上の権利が訴訟上請求の放棄をすることにより消滅することはないとする第一審被告の主張は独自の見解であり、前記請求の放棄についての説示に照らし採用することができない。

そして、(1)〈証拠〉によれば、本件賃貸借契約において、第一審原告は第一審被告に対し、本件建物等の状況につきほとんど問題としてとるに足りない事項を主張して(これについては前記一、2で判断した通りである)賃料減額を通告し、家主の第一審被告から賃料不払による賃貸借契約解除に基づく本件建物部分明渡並びに賃料及び賃料相当損害金請求の別件訴訟が提起されると、右建物等の状況を理由に賃料支払義務がないなどと主張して抗争していることが認められるうえ、本件訴訟では右の事由を主張して損害賠償請求をしていることが明らかであること、(2)更に、〈証拠〉によれば、第一審原告は、本件賃貸借契約を締結して本件建物部分に入居する以前には、はま某、横山照一、前川久から、本件建物退去後は義達将弘から、それぞれ部屋を賃借したものであるところ、第一審被告を含む右家主と第一審原告との間とのいずれも訴訟が係属したこと、そのうち少くとも右横山照一以降の右家主との間の訴訟は本件及び別件訴訟と同様の経過であつて、家主から賃料不払による賃貸借契約解除に基づく建物明渡及び賃料又は賃料相当損害金請求訴訟が提起されると、その訴訟において借家人である第一審原告は、賃借建物が違法建築物であり、かつ騒音が著しいなどを理由に賃料支払義務がないなどと主張したうえ、本件訴訟のほか、右前川久、義達将弘に対しては右の事実に基づく損害賠償請求、或いは建物賃貸借契約無効確認請求等の反訴を提起していることが認められること、(3)そして、〈証拠〉を総合すれば、第一審被告は、別件訴訟の第一審仮執行宣言付判決に基づく執行において、第一審原告から、昭和五〇年一二月一日から昭和五二年二月末日までの賃料及び賃料相当損害金として前記四八万円を受領した後、同人が同年五月七日本件建物部分を明渡したので、第一審原告から預つていた敷金三万二〇〇〇円を昭和五二年三月一日以降の賃料相当損害金の一部に充当したうえ、その残額につき請求を放棄するとの内心の意思のもとに、別件訴訟の控訴審第二回口頭弁論期日において、範囲を劃することなく漫然と請求の放棄をしたものと推認するに難くないこと、およそ以上の事実が認定できるのであるが、以上の事実をもつてしても、未だ第一審被告の前記請求放棄を理由とする第一審原告の不当利得返還請求権の行使を権利の濫用と目するまでには至り得ないというほかない。

従つて、第一審被告の権利濫用の主張は認めることができない。

(四)  そして、前記別件訴訟における請求の放棄により、仮執行宣言付第一審判決は失効したというべきであるから、同判決に基づき第一審原告が執行官に支払つたことにつき争いない執行費用一万円は、仮執行により受けた第一審原告の損害というほかないと認められるから(民事訴訟法一九八条)第一審被告においてこれを賠償すべきである。〈以下、省略〉

(安達昌彦 渋川満 大藤敏)

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